「良いプロとは何か」
「そんな今更な話をしてもしょうがないだろう」
「まさに今更だな」
「じゃあ、良いプロってなに?」
「一般的に言えば、客が欲しいものをきちんと見定めて、それを提供する人かな」
「それにはどんな意味があるわけ?」
「払った金に相応の手応えがあれば、また払おうという気にもなる。つまり職業として成立する」
「客のイエスマンになれということ?」
「いいや、しばしば客は自分が欲しいものを理解していないので、本当に欲しいのはこれではないでしょうか?と提案することも大切だ」
「それでいいの?」
「むしろ、その方がいい。客が口で言う『私が欲しいもの』と本当に欲しいものはけっこう食い違っているからだ。コレジャナイというのが分かりきっている場合もあるのだよ。ただし、おまえは自分の欲しいものが分かってないだろ……という態度で突きつけると話がこじれるかもしれないので、言い方には注意が必要だ」
「ひ~」
「問題はプロがチームを形成するときだ」
「特殊技能集団ということだね」
「良くある誤解はプログラマーだけ集めればシステムが出来るという発想だが、実際にはそんなことはない。設計のプロもテストのプロも必要だ」
「ドキュメントのプロもだろう?」
「企画のプロも、広報のプロもな」
「それで?」
「そういう異なる技能を持ったプロ集団が形成されると、知識が無いので他の分野のプロを批判するのはとても難しい」
「会議に遅刻するな、みたいな批判は可能では?」
「逆にいえば、それぐらいしかできない。相手の分野の知識が無いのでは批判しているつもりで無知を晒しているだけかもしれない」
「そ、そうか。わざわざ分かりにくい16進数を使ってるなんて馬鹿じゃね? 10進数使えよっていう批判がどれだけ自分の無知の露呈かってことだね」
「そうそう。自分達しか理解できないプログラミング言語なんか使わず日本語を使えとかね。そういう事例は多い」
「それで?」
「だからさ。別の分野のプロの意見は尊重しなければならない。相手のプロの領域を侵そうとしてはならない。調整することでスムーズに進むことは相談してもいいが、相手の領域を勝手に侵犯すると火種になる」
「それで?」
「ところがね。この侵犯はけっこうしばしば起こるのだよ。現実の問題として」
「嘘だろ。プロが他のプロの意見を尊重するのは当たり前じゃ無いのか?」
「あのね。自分の分からない世界は尊重しようと思うのだが、十分に分かっていると思っていれば別なのだ。同じレベルのプロとして意見できてしまうのだよ」
「同じレベルならいいじゃないか」
「ところがね。十分に分かっていると思っていることと、十分に分かっていることは全く別なのだよ」
「は?」
「だからさ。フォーム上のボタンの並べ方1つにしても、ちゃんと理屈や法則が存在して、本当のUIのプロはそれに従って、無理なく分かりやすい形で配置するのだが、いつも使ってるソフトと同じようなものなので、つい理屈や法則を知らないのに分かった気になってしまう人は意外と多い。過剰に分かりやすすぎることの弊害とも言える」
「UIデザインはデザインとは違う専門分野だってことだね」
「これはあくまで一例だけどね」
「こうしたらいい、ああしたらいいと意見を言えるように錯覚できてしまう分野は多いわけだね」
「そう。そこで領域の侵犯が起こるとチームがぎくしゃくしてしまう」
「でも、本人は領域の侵犯だなんて思っていないわけだね?」
「そうだ。素晴らしいクールな提案をしていると思っているのだが、その分野のプロから見れば穴だらけの幼稚園の作文にしか見えないかもしれない。真面目に論じるにも値しないかもしれない」
「チームがぎくしゃくするわけだ」
「そういうことだ」
「つまり結論はなんだい?」
「だからさ。実はプロは自分の専門分野のみならず隣接する専門分野について、ある程度でも知っていないと上手く行かない。それを知らないと、ここから先は別の誰かの仕事だと境界線が見えなくなるからね」
「専門馬鹿になるなってことだね」
「そうだ。でも逆にジェネラリストにもなるなってことも言える」
「ジェネラリストってなに?」
「何でもできる人。専門分野を持たずオールマイティな人は逆説的にどの分野の専門家にもなれない」
「つまり、ジェネラリストはどの分野のプロにもなれないから、プロ集団のチームに居場所が無いわけだね」
まとめ §
「結局どうするのがいいと思う?」
「自分の専門分野は1つ持った方がいい。そこが軸になるからだ」
「でも幅広い知識は必要?」
「好奇心を持って、専門分野以外のことも知ることは大切だ。しかし、他の分野のプロになろうとか、何でも出来る人になろうと思っても上手く行かない。世界は広いからそれは無理なんだよ」
「じゃあ、他の分野は参考程度で、自分の専門分野を深めた方がいいの?」
「そうだ。実はある程度まで1つのジャンルを深めると、他のジャンルもある程度自然に見えるようになる副作用がある」
「そこまで行ければいいね」
「それは、その人次第だ」
オマケ §
「払った金に相応の手応えがあったジャンルはあるかい?」
「あるよ」
「手応えが無かったジャンルはあるかい?」
「それもあるよ」
「どのジャンルだい?」
「それは内緒だ。でも手応えがなさ過ぎるジャンルはまた金を払おうという気にはなれないね」
「でも、それって誰でも同じじゃないか」
「そうだよ。何ら特殊な話はしていない」